戦争の世紀

2018/01/30

桜井哲夫、平凡社新書。第一次大戦に関する歴史書。サブタイトルは「第一次世界大戦と精神の危機」 日本で大戦、といえば第二次世界大戦、もっと言えば大東亜戦争であろうが、現在の僕らを取り巻く西欧化された社会を根底から揺さぶり、日々を入れ、ぶち壊したのは何よりも第一次世界大戦である。
ファシズムに繋がる塹壕線の残酷な死と、無自由という共通項でくくられた連帯感。冷戦構造に繋がるロシア革命。そして、ショアやヒロシマに繋がる空爆や戦車や機関銃や毒ガスによる有象無象の死骸。それは、第一次世界大戦にこそ転がっている。
この本は精密な文献調査と、しっかりとした視座により、第一次世界大戦がいかなる態度を持ってフランスにおいて受け止められ、行動され、そして影響を及ぼしたか、について詳述してある。資料という大地を踏みしめた筆には迷いがなく、読みやすい。
西欧は第一次世界大戦において壊れる。その通りである。その前から始まっていた非人間的な機会資本主義化への不安は、機械文明の象徴である機関銃と、それによってわらのように死んでいく兵士たちとして具現化した。世界最初の総力戦争は父親を奪い、神を奪い、帰還した兵士から言葉と社会への帰属性を奪った。
昔の話ではないか、というかもしれない。だが、西欧は1919年に入ったひびを直せず、そこでへし折れたまま僕らの世界に大きく影を伸ばしている。背骨がへし折れてなお西欧が此処まで広がったのは−それはつまり、アフリカの奥地に行ってもリーバイスのジーンズをはいてコカコーラを飲んでいるということだ−西欧の力が科学と経済の力だからだ。
科学と経済は何故強力なのか。それは生き−つまりは医療と食糧生産−死に−つまりは戦争兵器−にまつわる力だからだ。人間の非言語的な力、最も原初的であるがゆえに強力な力は、ある場所にはマクドナルドとして、そしてある場所においては爆撃として世界を席巻している。
そんな西欧がへし折れた場所、第一次世界大戦。興味はあったが、なかなか日本語のハンディな解説書がなかった。あってもそれは歴史ではなく、死神のメガネとしてのレンズを通じたミリタリーの解説書だった。そして、この本は歴史書である。かつてあり、そして今も続く強烈な砲弾の残響としての第一次世界大戦を、論理の言葉で解説した書物である。短勁ながらも響く名著である。